新建築家技術者集団の全国研究集会が奈良で開催され、最終日は四ヶ所で見学会を開催しました。そのひとの見学先が御所まちでした。市の教育委員会文化財課の方の案内で町並み見学と二つの建物の内部見学をさせて頂きました。
御所まちは奈良盆地西南部に位置します。17世紀初めに桑山氏により整備された環濠集落で葛城川を挟んで東西に町場が広がっています。東側は円照寺を中心とする寺内町また代官町として栄え、西側は商業的役割として栄えました。明治期には鉄道が開通し、奈良盆地西南部の中心的市街地として発展してきましたが、主要産業の大和絣の衰退や交通網の中心地の変化があり、人口が減少し次第に活気が失われてきました。大和絣は明治期には朝鮮、中国、インドにも輸出されていたそうです。
江戸時代から大いに栄えた町ですが、都市化の波にのまれなかったことで現在も伝統的建造物が多く残っている町です。


環濠部分。野面積みや打込接の環濠。なかなかいい小径です。

旅籠だった町家。

高札場。江戸時代に掟やお触れが掲げられた場所です。ここの道はクランクになっており、敵の侵入時に通りを見通せなくする為のもので、遠見遮断と呼ばれています。

日本酒「風の森」で有名な油長酒造の建物。立派な見越しの松が家の風格を表しています。酒蔵の印の杉玉が吊るされています。

手前が郵便局で奥に見えるのは油長酒造のタンク。水が入っているそうです。

こちらの町家は大屋根が本瓦葺きで下屋が桟葺きです。御所近郊に瓦の産地があったとのことで、古い瓦には刻印も見られます。

モリソン万年筆&カフェバー
モリソン万年筆は昭和のころに関西の万年筆業界をけん引した国産ブランドとのことで御所が本拠地です。ボールペンが出てきて万年筆の需要が激減したことにより廃業されました、現在この建物はカフェバーと宿泊施設、事務所として活用されています。

路地。敷地割は道に面する間口が狭い鰻の寝床状で、道路の背面側には下水溝があり背割り下水と呼ばれています。

こちらは大屋根も下屋も本瓦葺き。大屋根軒裏は白漆喰の塗籠めで仕上げられています。

中井家住宅 ツシ二階の壁は黒漆喰、熨斗は鹿子漆喰。寛政4年(1792年)に建てられた建物で、座敷棟、土蔵が国の登録有形文化財に登録されています。江戸時代後期に庄屋を務めた商家で茶売屋などをされていたそうです。中井様の案内で内部も見学させていただきました。ここは元は大和棟だったそうで、小屋裏にサスを差した痕跡が見られるそうです。御所町全体の伝統的建造物を一軒ずつ調査された上野邦一先生も見学に同行していただき、元大和棟だったところが瓦葺きになっている建物を教えて頂きました。御所町は元大和棟(現在瓦葺き)の建物が多くあるそうです。外から見てると分かりません。

1742年の御所町検知絵図を所蔵されており、拝見しました。検知絵図は市指定文化財で、拝見させていただいたものは精巧なコピーです。

現存する大和棟の赤塚家住宅(県指定文化財)。棟札は無いそうですがかなり古い建物とのことです。こちらは空き家になっており市が活用されるとのことでした。こちらも内部を見学させていただきました。

客人を座敷に招き入れる貴人用の門もあります。小振りですが立派な造りです。

新旧入り混じる町並み。

こちらは自転車屋さんを改修した建物で宿泊施設になっています。

道路の舗装整備がされている通り。

御所町マップ。橋を渡って東側の寺内町へ。

正栄寺 初代藩主桑山元晴建立。

町の中心となる円照寺 浄土真宗大和五ヶ所御坊のひとつで、天文15年(1546)桑山源吾(釋笑雲)によって常徳寺として建立されました。本堂は総ケヤキ造りとのこと。棟の鬼瓦の大きいこと。

書院 寝殿造りで唐破風の玄関があります。一地方のお寺ですがかなりの立派さです。

寺内町の町家。こちらもとても立派な町家です。

東側は伝統的な建物が取り壊された空き地も増えてきています。寺内町ゆえの課題もあるとのことでした。

正面はタバコ屋さん。

タバコ屋さんのショーウィンドウ。モダンなデザインです。

伝統的建築の立ち並びが続きます。空き家になっているところもあるようです。

今回の見学会では専門家のお二人から瓦の話もお聞き出来ました。

桟瓦の波の形状で古さが分かるようです。この下屋は新旧入り混じっています。
環濠の外側は往時の勢いがわかる商店街があります。

新地商店街 長いアーケード通り。

閉まっているお店も多いですが昭和の時代にタイムスリップ。
建築家集団の参加者は「立米」(㎥?)というお店の名前に興味津々。
御所まちは伝統的建造物群保存地区選定に向けて準備をされているとのことです。伝建地区に選定されると町並み自体が保存の対象になり、現存する伝統的建造物を取り壊すことが出来なくなると同時に改修や新築をする時に地域の伝統的意匠に倣う決まりが出来ます。
都市化の波にのまれずに自然にこれだけ多くの伝統的建造物が残った稀有な町です。これからも歴史とともに生き続ける町として、時代の中で保たれることが望ましいように感じます。